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【第54話】リグーリア州出身の著名人:その4 エドモンド・デ・アミーチス(Edmondo De Amicis)

エドモンド・デ・アミーチス(Edmondo De Amicis)
(オネーリア、1846年 - ボルディゲーラ、1908年):
イタリア統一後における最初のベストセラーの一つを執筆しました。
彼の最も有名な小説『クオーレ(心)』は、カルロ・コッラーディの『ピノッキオの冒険』とともに、
イタリアの小学校で最も読まれている作品の一つです。
また、統一イタリアにおける同質的で世俗的な文化の形成において、少なからぬ役割を果たすことになりました。
1846年にオネーリアで生まれたデ・アミーチスは、早々に軍人としてのキャリアを歩み始め、それと並行して執筆への情熱を育み、新聞『軍事のイタリア: L’Italia militare』の責任者も務めました。その後、ジャーナリスト業に完全に身を捧げることを決意し、特派員として世界各地を巡る一連の旅を行う機会を得るのです。
そこから、スペイン、オランダ、ロンドン、パリ、さらにはモロッコやコンスタンティノープルといった、当時としては決定的にエキゾチックな場所に関する活き活きとしたルポルタージュが生まれました。デ・アミーチスは読者の関心と好奇心を惹きつける能力に非常にたけていたのです。
イタリアへ帰国した彼は、『クオーレ:Cuore』(1886)の出版に続き、『ある教師の小説:Il romanzo d’un maestro』、『学校と家庭の間で:Fra scuola e casa』、『労働者の若い女教師:La maestrina degli operai』といった小説を発表しました。
これらは、教育のテーマや、統一イタリアの市民社会が目指すべき厳格に非宗教的な価値観の育成に焦点を当てていました。そして、多かれ少なかれ、それらの小説は、書き言葉を通して伝えられた「教育的」なメッセージのおかげもあり、実際にその通りの市民社会になっていったのです。
1886年に発表された『クオーレ』では、語り手はトリノの学校に通う小学3年生のエンリ-コで、彼は、ペルボーニ先生が授業中に語る逸話を日誌のように記録しています。
それは「ロンバルディアの小さな見張り」「サルデーニャのドラム少年」「フィレンツェの小さな書記」といった物語であり、政治的統一を成し遂げたばかりで文化的には決して均質ではない国の中の、さまざまな地域出身の「小さなイタリア人たち」の模範的な人物像における、勇気、祖国への愛、犠牲の精神をたたえています。

『クオーレ』の一般読者における成功は、最初から絶大なもので,初版の刊行時、この小説は41版を重ね、のちに25言語に翻訳され、あらゆる世代の子供たちに読ませるべき教育的テキストとして迎え入れられました。しかも短期間のうちに200万部を売り上げるに至ったのです。
その中の一つ、5月の"Dagli Appennini alle Ande"(アペニン山脈からアンデス山脈まで)は
独立した物語としても愛読され、日本では「母を尋ねて三千里」などの題名で知られています。
『世界名作劇場』シリーズのアニメ『母をたずねて三千里』(1976年)の原作となりました。
スポーツにおけるデ・アミーチス
イル・ジョーコ・デル・ブラッチャーレ(腕輪球技):かつては「すべての遊戯の王」であり、サッカーが台頭する以前は、まさに国民的スポーツとみなされていました。前腕に装着した、スパイク(主にサンシュユの木製)の付いた木製の腕輪で革ボールを打つ競技です。
デ・アミーチスは、このイタリアを代表するスポーツである「イル・ジョーコ・デル・ブラッチャーレ」の大ファンであり、同じ情熱を、ある選手に捧げる詩を書いたジャコモ・レパルディや、なんと試合中のいざこざが原因で人を殺害するに至ったカラヴァッジョも共有していました。
2002年に開場したインペリアのクラヴィ地区にあるステリステリオ(競技場)が、デ・アミーチスにちなんで名付けられているのも、決して偶然ではありません。 ※Sferisterio Edmondo De Amicis (Imperia)
1870年頃の写真に写るブラッチャーレの選手たち。
デ・アミーチスの晩年は、母親テレーザの死や、1875年に結婚した妻テレーザ・ボアッシとの絶えないいさかいによって暗いものとなりました。1903年にはクルスカ学会の会員に選出されていますが、故郷のリグーリアに戻ったデ・アミーチスは、1908年3月11日、脳出血により突然の死を遂げました。

Tomba di Edmondo de Amicis
Cimitero Monumentale di Torino
引用文献 :MuseoTorino https://www.museotorino.it › view 
     Edmondo De Amicis (Oneglia 1846 - Bordighera 1908)
次回2026年9月8日は「Eugenio Montale 」です。