オペラと台本

オペラでは、生の声で表現される人間の勇気、気品、高潔さ、苦悩、疑惑、嫉妬、悲嘆、愛、歓喜などが観客の内面に訴えかけ、その美声と歌唱力で聴く者を魅了します。
そして作品のひとつひとつに、イタリア人の生きるための美意識と、長い歴史を乗り越えてきた普遍的な人間ドラマが秘められています。従って、内容を知った上でオペラを観るとその楽しさ面白さは何倍にもなります。
オペラの台本を翻訳するにあたっては、イタリア語を日本人の発想に置き換えることなく、異なる文化に触れる新鮮さを大切にしながら日本語にする必要があると考えています。
またオペラの字幕作成に関しては、歌詞の響きやリズムを尊重し、音楽の流れに沿ったわかりやすい日本語にするよう心がけています。
最近は日本語の字幕が出る公演も多くなり、それだけでも充分面白いものではありますが、台本を読んでからオペラを鑑賞すると、より深い感動を得ることができます。


1978年に「アウラ・マーニャ」を設立し、初めはイタリアオペラを学び歌う方々のお手伝いとして始まった台本の研究が、1985年にイタリアオペラの対訳双書(イタリア語台本とその日本語訳)出版の運びとなり、今日に至っています。
「アウラ・マーニャ」は、多くの方々の応援とお力添えにより2018年4月に設立40年目を迎えることができました。この記念として対訳双書11「LE VILLI : 妖精達」(改訂版)を刊行致しました。今後も皆様からお寄せいただいたご希望に合わせ、新しい対訳双書の出版を順次企画しております

略歴

とよしま 洋 (TOYOSHIMA Yoh)

横浜生まれ。イタリアオペラ翻訳家。
イタリア、ペルージャ外国人大学で4年間イタリア語、イタリア文化を学ぶ。帰国後1978年に「アウラ・マーニャ」を設立。その後、現在までイタリアオペラ対訳双書36巻、文法解説シリーズ44巻を刊行。
ミラノ・スカラ座公演の際のオペラ台本翻訳をはじめとして、日本各地でのイタリアオペラ原語上演 "アレーナ・ディ・ヴェローナ、ウィーン国立歌劇場、フィレンツェ歌劇場、Bunkamuraオペラ劇場「蝶々夫人:初演版」「トゥーランドット」、二期会創立50周年記念公演「椿姫」、プッチーニ・フェスティバル「蝶々夫人:ブレッシャ版」初演100周年記念公演” などの字幕を多数手掛けている。 

CMソング、映画主題歌、CDなどのイタリア語作詞、訳詞のほか、2005年には第11回神奈川国際芸術フェスティバル「親指こぞう:ブケッティーノ」(演出:キアラ・グイディ Chiara Guidi)の日本語版台本を製作、公演は再演が続き2013年3月22日、つくばカピオに於いて200ステージを迎えた。また、地域振興会などでイタリア語の指導に携わっている。

オペラと言葉

モーツァルト作曲のオペラ 「フィガロの結婚」 は、フランスの劇作家ボーマルシェの同名の喜劇が原作です。この喜劇は、当時の階級の不平等や特権階級の横暴に対する風刺が随所に散りばめられていたため、社会に不満を持っていた民衆に熱狂的に迎えられました。即ち、フランスの旧体制に向けられた攻撃的な演劇で、1789年のフランス大革命の火付け役をなしたといわれています。
モーツァルトはこれをオペラ化し、1786年、ウィーンの宮廷ブルグ劇場での初演では、モーツァルト自身がチェンバロを弾きながら指揮をしました。内容は、正面切って特権階級を攻撃してはいないのですが、彼らに仕える者達が賢く立ちまわって裏で主導権を握り、権力者たちの思い通りにはさせないというもので、上演を重ねるごとに人気が高まり、ついにはオペラ界にセンセーションが巻き起こることとなりました。
現在では演劇よりもオペラとして知られている作品です。
オペラは、ルネッサンス(文芸復興)の活動が盛んであったイタリア中部の都市フィレンツェで生まれ、16世紀末の「ダフネ」が最古のオペラ作品とされています。
その当時のフィレンツェでは「カメラータ」と呼ばれるサロンが組織され、芸術家や知識人が集まり古代ギリシャの文化をもとに新しい文化の創造を模索していました。そして音楽は言葉による表現を昂揚させて知性に訴えかけるものとする古代ギリシャ人の考え方を拠り所とした音楽劇が試みられ、今日のオペラの先駆けとなりました。
当初のオペラは、王侯貴族が自分の邸内や劇場で上演し特別の人々だけが招待されていましたが、後に裕福な一般市民を対象とした有料の音楽会が試行されると大成功を収め、各地に次々と歌劇場が造られました。
この頃は一般市民の識字率が低かったため、演劇が特に日常生活と切り離せない市民の娯楽として人気がありました。そこで大成功を収めた演劇をオペラ作曲家たちが次々とオペラ化したことも手伝い、オペラは市民の大事な娯楽としてヨーロッパ各国に広がり、社会を大きく動かす原動力ともなりました。
翻訳をする際に一番心がけているのは「イタリア語を和訳するのではなく、イタリア人の発想から生まれる思考表現を日本語にする」という事です。

例えば、イタリア語の挨拶〈Buon giorno!〉は、出会った時にも別れる時にも使う言葉で「こんにちは!」「さようなら」と訳されてしまいがちです。しかし「Buon giorno:良い日」という意味を活かして「良い日ですね!」、別れる時には「良い一日を!」と、出来るだけ本来の意味を伝え、イタリア語の挨拶に込められた〈元気づける〉感覚も訳に反映させたいと思っています。

イタリア人はよく待ち合わせの時間に遅れ、時間にルーズだと言われていますが、決してルーズなわけではなく時間を守ることの前に人として大切にしたいことが優先してしまい遅れる事が多いという訳で、待っていた相手も遅れた理由を追及したりはしません。もちろん遅れた側も言い訳をしません。そんなお互いを認め合う文化が根付くイタリア、その言語には独特の発想があります。
そのイタリアの文化とイタリア人の生き方を知ってオペラを観ると、いっそう興味深いものとなります。皆様もイタリアの人間賛歌の文化に触れながら、オペラを楽しんでください。
【 字幕制作については、Mail、お電話でお問い合わせください。】